阿木燿子インタビュー

プロデューサー・阿木燿子さんが語る
「Ay曽根崎心中」の魅力

阿木燿子

――今回の演目である「曽根崎心中」という文芸作品との出会いについて教えてください。

 もう30年以上も前の話になりますが、夫の宇崎竜童が初出演した映画が「曽根崎心中」でした。作品自体は数々の賞を受賞するなど高い評価を得ましたが、残念ながら主演男優賞は叶わず(笑)。「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」のリーダーが初出演ということで話題になっただけに、宇崎にとっては複雑な思いが残る記念作だったに違いありません。
 私たちと「曽根崎心中」との縁はそれだけではなく、映画公開翌年、今では伝説的なライブハウスになった「渋谷ジァン・ジァン」から「文楽の方と何か一緒にやってみませんか?」とお声がかかったのです。文楽といったらやはり「曽根崎心中」しかないと、宇崎と私がロック調の楽曲を作り、それに合わせて文楽の方が人形を遣う「ROCK曽根崎心中」という舞台を作り上げました。かなり実験的かつ冒険的な試みではありましたが、沢山の方から喜んでいただくことができ、「曽根崎心中」は私たち夫婦にとってより一層特別な存在になりました。

――本作品はフラメンコとの意外性のあるコラボレーションでもありますよね。

 フラメンコは人生の中で私が最も熱中したもののひとつです。最初の出会いは、友人の誕生日パーティーの席で、小島章司さんというフラメンコ舞踊の先生と知り合いになったことです。その数日後、西麻布を散歩していたらリズミカルな足音が聞こえてきたので思わず足をとめて覗いてみると、偶然にもそこが小島先生のスタジオで、先生が踊っていらっしゃったのです。私はこういう偶然を大事にする方なので、その日のうちにシューズを買い、先生のもとに通おうと決めました。その後10年以上にわたり一心不乱という感じで、フラメンコにのめり込みました。
 そんななか、スタッフの一人から「『ロック曽根崎心中』の楽曲をそのままフラメンコに置き換えてやってみたらどうですか?」という提案をもらい、それはいいかもと思ったんです。で、早速当時の私の先生でもあった鍵田真由美さんと佐藤浩希さんに「フラメンコで『曽根崎心中』をやってみませんか?」とお声をかけてみました、すると、お二人がものすごくびっくりした顔をされて。というのも、「実は僕たちもフラメンコで近松の心中物をやってみたいと思って、つい昨日、文化庁に企画書を提出したところなんです」とのことで、この時ばかりはあまりのタイミングの良さに私も心底驚いてしまいました。

――「Ay曽根崎心中」は、運命的な出会いが幾重にも重なってできた作品なのですね。

 そうですね。これまでの私たち夫婦の歴史の集大成でもあると感じています。主人の初主演映画、ジァン・ジァン、文楽、フラメンコの踊り手、このすべての出会いが連なって必然的にここにたどり着いたと思っています。人生でこんな風に感じることってそうそうないですよね。

――作品を作り上げて行く過程において、フラメンコと「曽根崎心中」という二つの文化を融合させる難しさを感じることはありませんでしたか。

 確かに、最初の段階ではフラメンコを踊るのにスペイン語以外の言語の歌詞がつくことや、公演場所によってはミュージシャンを連れて行けず、録音バージョンになってしまうことで、かなり調整が必要でしたが、すべてのことはチームワークで乗り越えてきた気がします。
 実際に観ていただくとおわかりいただけると思いますが、「曽根崎心中」の世界にフラメンコが驚くほど自然にとけ込んでいますし、和と洋の楽器やメロディーが何でこんなにもうまくかみ合うのかと不思議に思うくらいの、奇跡的なコラボレーションになっています。

――「曽根崎心中」とフラメンコの世界は何か通じるものがあるのでしょうね。

 私もそう思っています。心中物もフラメンコも、“人間の業”を表現しながら、それを美へと昇華していく。そして、どちらも激しくもあり深い。
 フラメンコは苦悩が似合う踊りで、内面にグッと溜め込んだ感情を外へと爆発させた時に、フラメンコらしい情感が出てきます。もともとのルーツは流浪の民のダンスであり、虐げられた民族の悲しみが根底にあるため、“人間の業”の部分を表現するのに適している気がします。

――最後に、舞台の見どころを教えていただけますか。

 何といっても、お初役の鍵田真由美さんと徳兵衛役の佐藤浩希さんの舞踊です。お二人は舞踊家でもあり振付師でもあるのですが、佐藤さんは今回は演出も担当。その身体能力の高さと観客を物語の世界に引き込む力には圧倒されます。フラメンコの舞踊家はいわば人間打楽器。足音の強弱とリズムのみで複雑な感情を抽象的ではなく、あくまでも具体的かつ的確に表現していく。その迫力を感じていただけたらと思います。特に、鍵田さんの2回にわたるソロは圧巻です。そして最後の心中の場面では愛する人を手に掛けなければいけない徳兵衛の気持の揺れが、胸に迫ります。足の動きでそれを表現するのですが、その緊迫感溢れる場面はこの作品のクライマックスに相応しいシーンになっています。
 また、10年以上の試行錯誤の末にたどり着いた衣装の美しさや、地方公演を重ねてきて、その土地土地の特徴を生かした演出にも注目していただければうれしいです。目を凝らして観ていただけるといろいろな発見に満ちあふれた舞台となっています。
 是非、一人でも多くのみなさんに「Ay曽根崎心中」の世界と“出会って”いただき、私たちと感動を分かち合っていただけたらと願っております。

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